第9章 手紙

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 拝啓 林茅那子様  暮春の候、行く春が惜しまれるこの頃です。若葉の香りが爽やかな時期になりましたが、茅那子さん、お元気ですか?  まずは、突然いなくなってしまったことをお詫び申し上げます。いろいろな事情がありました。  安逸を貪るような毎日を過ごしていました。待ち受けている運命の餌食になるよりは、この方がいいと決心したからです。  時々、一郎さんと栄一と三人で暮らした思い出が蘇ります。決して豊かではなかったけれども、一番充実していた時期でした。ささやかながら築いた家庭は、私にとってようやく掴んだ幸福でした。  一郎さんはどんな苦境な時でも、明るく、陽気で笑いが耐えず、いつも人生に対して、前向きな人でした。  そんな一郎さんを私は愛していました。  今も愛しているのかもしれません。
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