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ずっと様子を窺いながら、茅那子は一息つこうとしている田代淳二に近づいた。
「田代君、ちょっといいかな?」
彼は一番新しいスタッフであり、後輩だ。彼が相手だとしたら、セクハラと不倫の二重の罪を犯してしまった危険性がある。
「今井さん、どうかしましたか?」
優しげな淳二の言葉を聞き、平静だった心臓の鼓動が早くなってくる。一見、彼はいつもと変わらない様子だった。
「あのね……。飲み会の夜のことだけど……」
そう言いながら、茅那子は笑顔を取り繕ったが、空々しい笑みになってしまった。
「ああ、あの飲み会のことですか? 気にしないでください。僕は何とも思っていないので」
淳二の言葉に茅那子は狼狽した。二重の罪を覚悟する。
「田代君、恥ずかしい話だけど、あの夜のことを覚えていないの。覚えていないなんて、許されないことだけど、昔からアルコールが入るとわけがわからなくなってしまって……。それで自制してきたんだけど、あの時はつい……。何か失礼なことをしちゃったかしら?」
「そうだったんですね。かなり酔っているご様子でしたから」
淳二は忍び笑いを漏らしている。茅那子は裁判官から判決を聞く被告人の気分になってきた。
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