第1章 当惑

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「いえいえ、妊娠なんて本当に私には縁のないことなんです。別の患者さんのカルテをご覧になっているか、検査結果が違っているのではないでしょうか」  今井茅那子は妊娠検査の結果を聞いた時は、ずり落ちそうになったメガネを持ち上げ、顔に当惑の色を浮かべた。  茅那子はここ数年、男性と付き合った経験はない。一人暮らしの古いアパートのシミが、時々憧れのタレントに見えるほどだ。一度、そう見えたらずっとそうだ。あんなに素敵な彼氏がいたら、人生楽しいだろうなとも感じる。  通勤時も茅那子の妄想タイムは次々と膨らむ。電車で知らないカッコいい男性が横に座ると片想いする習性も持っている。『これから一緒に遊びに行きませんか?』と声をかけられて、映画を見て、夜にはロマンチックな場所でディナーを……。その男性が電車から降りる時に茅那子の妄想タイムは終わる。  つまり、それほどまでに男性との関わりに飢えているのだ。まさか妊娠なんて、考えられない。
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