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「改めて花御 樹です。今朝はありがとうね、えーと、詩くん?」
「……波月です。どういたしまして」
苛立ちを抑えつつも声に棘を乗せた詩に、とうとう樹はくつくつと喉を鳴らした。尚久と華の怪訝がる視線が、遠慮なく詩に突き刺さる。
「面白いなぁ、詩くん。とりあえず今日はケーキ代、安くしとくね。香乃くん、あとお願い」
「あ、はいっ」
人当たりのいい笑顔を残して、樹が奥へと姿を消す。接客モードに切り替わった尚久の後ろで、華がすすっと詩に身を寄せた。
「詩くん、ナイスっ」
安くなるという言葉に浮かれた華の声を聞いてしまえばもう、詩は苦笑いするしかなく。
──よろしくしたくないから、捨てたのに……。
缶コーヒーと共に捨てたはずの息苦しさが、手の中に戻ってきてしまったみたいだ。
もはやため息も出ないほど重なった不運に、詩は先を歩く尚久の背を、遠い目で見つめていた。
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