204人が本棚に入れています
本棚に追加
「っ、ちょっと……!」
「君の気が向いたら、いつでも連絡して。待ってるからね」
「待ってるって、ちょっ……嘘だろ」
ひらひらと手を振る男の姿が遠くなる。
詩は手の中の名刺を見つめ、深く嘆息した。
確かに体に熱が渦巻いている時、相手探しから入るのは面倒で仕方がない。そういう時に決まった人がいるのは都合がいいのかもしれないが、詩は極力、そういう関係になることを避けてきた。
欲には、際限がない。
逢瀬を重ねるうちに、情が湧く。
相性が良ければ手放すのが惜しくなり、話が合えば別れるのが辛くなる。
そうして気がついた頃には、その誰かはきっと、自分にとっての特別になっているのだ。
「……連絡なんかしないからな」
憎らしげに呟き、詩が名刺を握り込む。
くしゃりと悲鳴をあげて丸くなったそれをポケットに突っ込み、詩は眉間に皺を寄せた不機嫌顔のまま、朝靄に霞む歩道橋を睨みつけた。
最初のコメントを投稿しよう!