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「……さっむ」
詩はガラガラの声で呟き、手のひらに熱を奪われて冷え切った缶コーヒーを握りしめた。
今朝の男の連絡先は、早く捨ててしまおう。人間、何度も肌を重ねていれば、嫌でも情が湧く。そうなってはいつか、あの男のことを特別だと思う日が来てしまうかもしれない。
詩はもう、傷を増やしたくはなかった。
痛い思いをするのは、一度だけでいい。
「詩くーんっ」
ぼんやりと感傷に浸っていた詩は、不意に響いた高い声に顔を上げた。遠く、手を振りながら駆けてくる姿に日常を感じて、知らず詩はホッと息を吐く。
五年も前のことと言えど、傷は未だ根深く。
思い返すだけで疼く傷に改めて蓋をした詩は、古い木のベンチからゆっくりと腰を上げた。
ワインレッドのスカートが、木々の緑が揺れる背景によく映える。長髪を頭の上で一つに結い上げた村崎 華は、詩の目の前で足を止め、ふっと得意げに口角を上げた。
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