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蠱惑
「この桜の下には、何が埋まっている?」
桜の花びらが散る中、会話が交わされた。
「そうだな…」
言葉が途切れた。
「俺の先祖だろう」
「いや、俺のだ」
「なぜわかる」
「花びらの色が濃い。俺の一族は身体に脂が多いから」
「濃いかな。気のせいだろう」
「いや、そんなことはない。この青ざめた月明かりで見ても、明らかに赤みが強い」
語っている生き物は何者なのか。
二本足たちが虫と呼んでいる者たちが主だった。虫と言っても、足が六本とは限らない。八本かもしれない。百本かもしれない。
あるいは、全身ぬらぬらした粘液に包まれ、足が一本もない虫もいた。
四本の足を備え、飛び跳ねることができる虫もいた。
冬の間、土の中で過ごす者を二本足たちは総じて虫と呼んでいるのだった。
実のところ、二本足たちとて土に埋もれてしまえば虫同然、あるいは虫に食われて虫になってしまうのだから変わるところはない。
虫たちは土の中で過ごす。
それから地上に現れ日の光を浴びて過ごすこともあるが、いずれはまた土に返る。
あるいは虫同士が土の中で戦い、濃厚な毒になるほど命の凝集である蠱となって桜の根に吸収され、幹を登り、そのごく一部、命のごく限られた上澄みだけが花びらとなって短い間咲き誇り、そして散る。
「あの花びらは、自分の魂だ」
二本足が呟いた。
「魂?なんだい、それは」
四本足がからかうように言った。
「虫にもあるのか」
「あるさ。一寸の虫にも五分の魂ってな」
花びらが散っている。
「この桜の木の下には何が埋まっているんだ」
「己が埋まっている」
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