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私の隣
私の隣に、彼は立たない。
真っ正面で、まっすぐ向き合って、私を優しく見下ろすんだ。
他の男子よりも、少し茶色の色彩の強い瞳、ゴツゴツした、私よりも大きな手、柔らかい表情...。
そんな彼が、私は大好きで、彼だって私のことを慕ってくれる。そんな毎日が、ずっと続いている。
学校があるから、なかなか時間はとれないけれど、春には桜を見に行って、夏には海に行く。秋になったら焼き芋を庭で焼いて、冬は家でゆっくりと休むんだ。
全部、私が勝手に付いていっているんだけどね。
でも、彼は嫌な顔一つしないんだ。
そして、季節は巡る。
また、暑い夏だった。
ゆっくりと、彼が正面から歩いてくる。
私は、彼の足跡を聞いて、ハッと顔をあげる。
「...会えて嬉しいよ」
そう彼に笑いかけるけれど、彼は辛そうにまた真っ正面に来る。そして、サプライズなのか、鮮やかな花を私に差し出した。
「会いに来たよ」
そう言って、彼は私の好きな瞳を閉じ、手を合わせる。
...やめてよ。
笑った顔は好きだけど、泣いている顔は嫌いなんだ。
「...なんで、忘れられないんだろうな」
そして、彼は私に水を少しずつかけた。
私は、彼と話せないことに落ち込みながらも、声をかけていく。
「あのね、この前見た向日葵、きれいだったよね!それと、えっと...」
彼は、私が話している途中なのに、もう一度手を合わせて私に背を向けた。
行かないで。
そう言おうとしても、手を伸ばしても、彼には届かなかった。
...当たり前だけれど。
だって、私はもうこの世にはいない。
彼は、私のお墓に来ただけ。
ずっと前に私はいなくなったし、彼は私じゃない誰かと結婚した。子供もいる。
それでも、毎年私に会いに来てくれる。
そんな優しい彼が、私は死んだ今でも大好きだ。
...でも。
我儘だけど。
彼が私を見ていない事実が、いつもいつも辛かった。
ごめんね。
あなたは私を忘れようとしてるのに。
私は、今も忘れられないんだ。
蝉の鳴く声が私の頭の中を貫いていく。
彼は、私の隣には来ない。
ただ、空虚だった。
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