共に在れとその桜は

　意を決する前に、この世との別れの言葉が浮かぶ前に、私は踏み台である脚立を蹴り倒した――のだが。

　――ドサッ、という音が耳に届く前に、全身に衝撃を感じた。
　ぶら下がるはずの私の身体が、地面に叩きつけられたのだ。
　鳩尾を打ち、呼吸が止まる。
　チカチカと明滅する視界に、ロープを巻かれた太い枝が映った。

　……折れたのだ。

　立派な枝だと思ったのに、鶏ガラのような女ひとりの重さにも耐えられなかったらしい。
　ロープの輪の部分も切れて、使い物にならなくなってしまった。
　奇妙な切れ方だ。まるでナイフで切ったような切り口で――自然とこうなるはずが無い。
　誰かの、否、何かの意志を感じる。

　もしや、という考えが頭をよぎる。

　もしや……お父さん？

　願いを託した桜に父の遺志が乗りうつり、私の選択を――『自殺』を止めた、のだろうか。
　死んではいけない。
　これからも生きろ。
　そんな父の遺した想いが、ロープを切り、桜の枝を追ったというのだろうか――

　お父さん。
　貴方なのですか。

　耳の奥で父の声がよみがえる。頭の中で響く。
　日に何度も、父は私の名前を呼んだ。呼びつけた。毎日毎日。

　――「葉子｛ようこ｝、便所だ」
　――「葉子、メシはまだか」
　――「葉子、呼んだら早く来い」
　――「葉子、お前は本当に、グズでノロマでどうしようもない娘だな」

　お父さん。

　まだ私に生きろと云うのですか。

　年を取り、貴方を喪い、すべて失った私に。

　まだ生きろと云うのですか。

　それは生きながらにして地獄に堕ちろということではないのですか――