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「ふざけるなクソ親父!!」
喉の奥から叫びが迸る。
ふざけるな。
腹を焼く怒りに震え、私は、あらゆる意味で重かった父の顔を地面に描き、拳で殴りつけた。
ふざけるな。
酒をばかすか飲み、何度も医者やお母さんが止めたのにひとつも聞かず、とうとう寝たきりになりやがって。
単なる内弁慶で家族以外の人間に怯えていただけのくせに、言い訳を並べて、私ひとりにすべてを押しつけやがって。
自分を守るために、私を扱き下ろし心の安寧をはかる卑劣な人間。ふざけるな。
「――何でもっと早くにくたばらなかったっ!!」
荒々しい呼吸が、声を震わせる。
ありとあらゆる罵倒の言葉を吐き出す。もういない父に向けて。
父が生きている間は絶対に云えなかった、たとえ一人でいても自分自身の目が気になって吐き出せなかった、押し殺し続けた醜い本音をぶちまけた。
何年ぶりだろう、声を上げて泣くのは。美しくない響きの嗚咽だと頭の隅のどこか冷静な部分で思った。
……歪み、潤む視界にあるのは、折れた枝と切れたロープ。破れた黒のストッキングとヒールのとれた靴。ぼろぼろの私。
東雲の空は曇天で、暗い雲が立ち込めている。
なのに風は、春の訪れを期待させる生暖かさだった。
無惨な姿になった枝には、小さな蕾がいくつもついている。
見上げると、長い冬を越えて春を待つ木が、私に覆い被さるように枝を広げていた。
……何かに、似ている。
幼い頃、おとうさん、おかあさんと呼びながら走る私を、両手を広げて待っていてくれた父と母の姿を思い出した。
私は赤子のようにうずくまった。
父の桜は、ただ私と共に在った。私が再び、立ち上がるまで。
了
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