雲のなかで

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 洗濯物をピンチから外し、床に直接放り投げる。物干し竿は、片足をベランダに出すだけで手が届く距離だし、かごに取り込むとシワになるから、床に放り出して、その後片付けることにしているのだ。  洗濯物を取り込んで、ガラス戸を閉めて部屋に戻ると、ミカが泣いていた。  「どうしたの?」 ミカの前の紙には、グチャグャの、色とりどりの線が描いてある。  「上手上手! これは何を描いたのかな?」  ミカの気持ちを引き立てるようにテンションあげあげで話しかける。  「ママ…。」  ミカは泣きながらもはっきりと言った。  「そっかー。ママを描いてくれたの? 嬉しいよ。上手だよ。」  ミカはかたくなに首を振る。私だって、この線みたいなのが、自分だと言われてもピンとは来ないけど。でも2歳児の絵なんて、こんなものなんじゃないだろうか? なぐさめる言葉が見つからなくて、黙るしかなかった。  泣き声の合間に小さなミカの声が、聞こえてきた。  「もっとかわいい。ママはもっとかわいい…」  ミカは涙を目にいっぱいためて、絵をにらみつけている。  ミカのママはもっとカワイイ、という言葉は、魔法の呪文のように私の不機嫌も、不安も、毎日の疲れさえも一瞬で吹き飛ばした。  「マッ、ママはね! この絵、さいっ高にかわいいと思うよ! ママはね、この絵だーいすきだよ! ママ、宝物にするよ!」  思わずまくし立ててしまった。けれどミカはニコッと笑った。そうか、ママはミカの絵が好きだよって言えばよかったんだ。  涙が溢れてきた。  (ミカ、大好きだよ、って言ってあげたの、いつだったかな?)  「ママ、泣いてるの?」  ミカがギョッとしたように、私の顔をのぞき込む。  「ママね、ミカの絵がすごく嬉しくて。嬉しいときにも涙が出るんだよ」  「嬉しい?」  ミカはにっこり笑った。天使の笑顔だ。  「そうだ! ミカ、ちょっとここにゴロンとして!」     
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