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「しかし、それと同時に鈴音様は悔いておられるのです。この村を愛する者たち全てを救えなかったことを。日本全土を蝕む戦火に対し、鈴音様は無力だった。こんな小さな村に祀られた矮小な彼女では、到底戦争を止めることなど叶いませんでした」
娘は悲しそうに目を伏せる。
「そして、その戦争であなたは家族を失い、日々孤独に苦しんでいる。そんなあなたを、鈴音様は救おうとされています。」
「馬鹿なことを……いい加減になさい! それ以上鈴音様を辱めるようなことは……」
私は娘の頬を力いっぱい殴る。
神の名を騙る、愚かな娘。そんな人間を殴りつけるのに躊躇いなど無かった。
「疑ってらっしゃるのですか? まぁ、無理もありません。けれど、鈴音様はあなたの息子さんの最期を見届けられています」
しかし、娘は薄ら笑いを浮かべたまま、その表情を崩さなかった。
娘は立ち上がり、仏壇の前に正座をして一礼する。
「息子さん、帰って来た時には肉片だったそうですね。正確には……左手の、薬指の第一関節から上だけがあなたの『息子』として帰って来た」
その瞬間、私は娘を二度見する。
なぜ、そんなことをこの娘が知っている? 誰にも話したことなど無かったのに。
息子が死んだこと自体は周囲に勘付かれていただろう。だが、息子の死体の話など誰にも話していない。
葬式もせず、墓にも入れずに指の骨は私の服の内側にしまい、ずっと持ち歩いてきたのだ。
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