最終話 『悲劇の抑止力』

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最終話 『悲劇の抑止力』

 あれから約四十年後、昭和最後の年。  俺はあれから鶴の意思を継ぐため、何とか山々を渡り続け、村から脱出した。  結局、村の大半はそのまま村の中で死に絶えたらしい。結局、鈴音村での出来事は後々になって大きく知られることとなった。  そして、鶴は戦後最大の大量殺人犯として畏怖された。だが、閉鎖的な村での差別、身勝手な保身により心を壊した一人の少女を殺人鬼へと変えてしまったという事実をきっかけに、日本全体で差別への反対運動、閉鎖的な考えを改め、多様化の容認を求めるなどの動きも起こり始め、鶴は確かに『悲劇の抑止力』となっていた。 「工藤先生。素晴らしい講演でした」  握手を求められた俺は、それに応じながら鶴の事を考える。  俺はと言えば、今は鈴音村の悲劇を目の当たりにした唯一の生存者として、村で起こった凄惨な差別、村人たちの身勝手な保身、そしてそれが原因で起こった事件の恐ろしさを世間に伝えるため、日々講演活動などを行っていた。  あの時、鈴音村が閉鎖的な環境を改めていればこんな悲劇も怒らなかったかもしれない。戦争で傷付いた人たちに向き合い、心を癒していればこんな悲劇は起こらなかったかもしれない。今思えば、祖父も含めて村人たちは皆、戦争に狂わされ、心に傷を負っていたからこそ、村や鈴音様に縋るしかなかったのだとも思える。  俺はこれからも互いに異なる人と人とが分かり合い、認め合える世界を作っていくために、活動を続ける。 「先生は本当に素晴らしい方です」 「いえ、私は……ある幼馴染の言いつけを守っているだけですよ」 「それは、白羽 鶴……ですか」 「ええ、彼女は……今の日本を見れば、きっと喜ぶと思いますよ」  昭和が終わり、新たな時代を日本は迎えようとしている。  変わったのは年号だけではない。確かに鶴の起こした悲劇は、人々の心の中で『悲劇の抑止力』として、刻まれている。  彼女が悲劇を起こし、自殺した真意を知るものは俺以外にいない。だが、それでいい。   ただ、鶴と言う少女と、彼女が起こした悲劇から過ちを学び、それを繰り返さぬよう人々が分かり合えたなら……。  鶴も、鈴音様も本望ではないだろうか。
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