どぶ川釣り

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 高架下の大通は今日も盛況であらゆる人々が行き交っている。その中に、私の姿もまじっている。右手には車が抜かされまいと叫び、左手には店が立ち並び、飲食店の店員が店の掃除を、八百屋の前では、婦人が今日の晩飯の掘り出し物を漁る。人混みに疲れた私は、路地を曲がり、人の少ない道を通って、家路につくことにした。路地の先は川に阻まれ、丁字路になって直進できない。私は、右に曲がり、川沿いの歩道を安全に歩くことにした。そこまで来ると、海水の臭いとなんとも言えない腐った臭いがする。いつものように、この川は濁り、悪臭を放つ。それでも、人が少ないならいいかと、どぶ川沿いを歩くことにした。どぶ川の両脇は所々に松が植えられ、木陰を作る。何本の影を通りすぎた頃だろうか。橋の袂で川に降りられるところがあった。コンクリートで階段状になり、水辺に行ける。橋のしたには船が係留されている。かの聖なる川であれば、そこから多くの人々が水に入り、入浴をして、洗濯をして、水を汲みに来たことであろう。だが、悲しいかな。かの川と違い、ここはどぶ川。入浴も洗濯もできず、飲み水などもっての他。ただ、その何にも近づく意味のない川縁に人の姿があった。遠くからではよく見えなかった人は近くに寄ると、簡易の椅子に腰掛けている。片脇に青いバケツを置いて何か棒のようなものを持っている。まさか釣りをしているのか、と私はその人物に興味を持った。  その釣りびとは、既に還暦を迎えたであろう男性。よく焼けた肌、白髪混じりの髪を緑の帽子で押さえ込む。帽子の影は照りつける太陽から守ると共に、私から釣りびとの表情を隠して悟らせない。このひとはどんな気持ちでこのどぶ川に釣糸を垂らすのだろうか、私は気になる。私ははその釣りびとが座る近くの橋の上まで行く。立ち止まり、タバコを取り出す。火をつけ、息をゆっくり吸い込み、吐き出す。もやもやの影が橋の影の上に浮かび上がった。私は一息ついたので、橋の下の釣りびとを見下ろす。釣り人の青いバケツの中は、きれいなまま。バケツの水面がキラキラと光を反射している。釣れていないことは明らか。よく見ると、釣りびとの足元にはビール缶が転がっている。なるほど。酒をあおりながら釣っていたのか。
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