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だが、扉の向こうでは、この少女の兄が、いつもと変わらぬ姿で静かに眠っているだけなのだ。とはいえ、事態が異常であるということにも変わりはなかった。そして、家族の試みがことごとく失敗していくあいだにも、時計の針は進んでゆき、出社すべき時間をも通り過ぎてしまった。
扉の向こうでは、なかなかやって来ない男の上司からであろう、着信の音が鳴り響いているが、男はその音ですら起きないようだ。父、母、妹の三人は、顔を見合わせた。そして、父が口を開く。
「鍵屋を呼ぼう。まずは部屋を開けて、あいつの様子を見てやらねばならん」
かくして扉は開かれ、ようやく家族は眠り続ける男の姿を目にしたのだった。会社からかかってきた二度目の電話を、息子に変わって父親が取り、しわがれた声で、彼は病気で寝込んでいて出社できないのだということを伝えた。
そして家族は男を起こす試みにとりかかる。最初は優しく呼びかけるように、しかし次第にその声は大きくなり、最後には怒鳴りながら、ほとんど殴らんばかりにして、三人は男を起こそうとしたが、それでも彼は身じろぎひとつせず眠り続けている。
「病院へ連れて行こう」
空しい試みに疲れ果てて立ち尽くす中、そう提案したのは父親だった。寝ているだけの男を連れて行くのだから、家の車で行くべきかという話にもなったが、眠ったまままったく動かない大の男一人を、年老いて筋肉も落ちてきた父と、女二人で車まで運ぶのは難しいように思われた。結局母親が、この奇妙な状況をなんとか説明し、救急車を呼んだ。
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