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「その……どこにも異常が見つからないのです。外部からの刺激に対して、一切の反応を見せないため、重度の昏睡状態にあるということになるのですが、そのような昏睡に陥るような原因が、どこを調べても……」
「じゃあ、息子は……」
「ええ、原因がわからない以上、現段階では治療を施すこともできません。我々としては、今後も手を尽くし、原因究明に努めていきますが……」
運び込まれた病院では対処しきれず、そこからさらに搬送された先、ある大学病院での会話だった。家族は、医師のこの報告に、怒るでもなく、悲しむでもなく、ただただ脱力してうなだれるばかりであった。
しばらく眠る男のベッドを囲み、彼を見守っていた家族であったが、そうしていてもなんの意味もなさないと悟ったのか、誰が言い出すわけでもなく、無言でそろそろと病室をあとにした。
それからは、空しい試みが日常となった。医師に「できるだけ声をかけてあげてください」と言われた家族は、交替で彼のもとを訪れ、ベッドのそばに座り、眠る彼に優しく語りかけるようにしだした。
しかし、彼は家族の言葉にぴくりとも反応を見せることはない。悪夢にうなされるような様子もなく、目を覚まさないということ以外では正常な生命活動を続けている、そんな彼に必死で呼びかけることは、どこか喜劇的ですらあった。家族は彼が目を覚ますことを本当に望んでいたから、この呼びかけを投げ出すようなことはしなかった。だが、この努力が空虚なものだという諦観があったのだろう、日々の呼びかけは次第に心のこもっていないルーティンと化していった。
父親は警備の仕事を始め、母親もパートとしてやっていたスーパーの仕事に、今まで以上の時間入ることで、息子の異変によって生じた収入源を補おうとした。 妹も専門学校の授業の傍ら、これまで友人と遊ぶのに使っていた時間を削って、バイトをするようになった。そんな日々も、彼らにとっては必ずしも不幸なものではなかった。
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