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不幸ではない、という点で言えば、それは眠る男のほうも同じなのかもしれない。眠り続ける彼の世界を、仕事や将来の不安が脅かすことはできないようだ。静かで清潔な病室の中、彼の寝顔はどこまでも穏やかだった。
そんな平穏への闖入者が現れたのは、彼が眠り始めて三週間ほど経ったある日のことだった。父親が息子の寝床の傍らについているとき、大仰なカメラやらその他もろもろの機材を担いだ人々が、ずかずかと病室へ入り込んできたのだ。
「なんなんですか、あなた方は!? 」
父親は入り込んできた人々を見るや、そう叫んだ。だが彼らは、そんな父親の姿など見えないかのように、ベッドの周りを取り囲み始めた。父親が語気を強め、「おい、何なんだあんたたちは、勝手に人の病室に」と言ったところでやっと、彼らのうちの一人が答える。
「テレビの取材なんです。病院に許可は取ってありますので、ご心配なく」
「おい、そんな問題じゃないだろう! 俺はこんな取材、許可していない」
そんな父親の訴えも、群がる取材陣にはなんの効果ももたらさなかった。彼らは父親を無視して、眠り続ける男にカメラを向けるのだった。
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