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そして、病室を侵してゆく狂騒は、その一回きりでは終わらなかった。今度は、テレビで男のことを知った人々が、そのベッドのもとへ次々と訪れた。新聞記者、ライター、動画サイトの投稿者、民間療法の信奉者、霊感商法のセールスマンなど、もはや病院の許可すら得ていないだろうと思われる人々が列をなす。
そんな中でも、もっとも異様な訪問者が、とある新興宗教団体の信者たちであった。彼らは、この眠り続ける男を、教祖として自分たちの上に頂きたいと頼んできたのだ。聞くに彼らは、厭世的な思想を持つものたちの集まりとして、自然発生的に成り立ってきた組織であった。そのような成り立ちゆえ、組織の内に明確な上下関係はなく、指導者が必要だとも感じていないのだが、象徴としての教祖は欲しいのだという。そしてその教祖は、象徴であるからには、どこか人間を超え出たところがなければならない。その点、原因がないにもかかわらず、眠りの世界に閉じこもり続けるこの男は、彼らの思想にもふさわしく、ぜひとも教祖になるべきなのだという。
普段なら、こんな突拍子もない申し出は、激怒して突っぱねていたであろう男の父親、そして家族も、連日の訪問者たちの対応に疲れきっていた。そして何より、この狂騒の中心にある男を手放すことができれば、どんなに楽だろうかという魅惑的な考えが、心の中に浮かんでしまったためだろう、彼らはこの怪しげな団体の頼みを承諾してしまったのだ。
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