さよならはいらない

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でも様々な経験をして、様々なことを感じてきた結果、今の自分となった。俗にいう、汚れた大人という奴だ。こんな大人になりたくないと思っていたのに、気が付けば自分はそんな大人になっていた。 (ま、後悔はないけどな?) 自分で選んだ道だ。後悔などしていないし、夢であった職に就いているから寧ろ幸せというものだ。教職というものから考えるに女性のさばけた性格はどうだとも思われるが、その性格がかえって親しみ易さを与えていた。多くの学徒に好かれるのは、悪い気はしない。故に後悔は何一つなかった。 「お前とも、また会えたしな」 そう言って、寄りかかっていた踊り子で賑わうそれを見上げた。この木は、女性がこの学び舎の学徒だった頃から植わっている馴染み深いものだった。いつもこの木の下で過ごし、巣立ちの時はもうこの大木とも別れるのだろうと思っていた。 でも、一体どういう巡り合わせか。夢を叶えた女性は、再びこの木に見えることが出来たのだ。大規模な改修工事が行われたと聞いていたが、この大樹とその周囲だけは今も昔と変わりない。 忙しなく時が駆け抜けていく今、昔と変わらないその場所は優しくて温かく、そして擽ったい。それは今日巣立っていった学徒たちがいた空間と同じだ。再会の約束と別れの言葉を交わし、それぞれの道へと歩いて行った最初の空間と。 別れはつまり、出会うことの始まりだ。逆もまた然りで、出会いとは別れの始まりだ。だからこそ、別れの言葉とともに再会の約束を交わすのだろう。
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