第1章

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 しかし…、優はこの日、全く集中できなかった。どうしても、音に入り込むことができない。きれいに、音を合わせることができない。この日優の部屋に響いたのは、チューニングの合っていない楽器の不協和音、もっと言えば雑音の羅列であった。 「くそっ、チューナーが動けば、こんなことにもならなかったのに。いや、それも言い訳だ。こんな日には、俺、何もできない…。」 優の心の声は、頭の中にがんがん鳴り響き、(実際に声に出したわけではないのでそんなことはあり得ないのだが、)まるでその声が部屋中に響き渡り、不協和音を構成しているかのようであった。  そして、その不協和音を打ち消すかのように、優は、さっき弾こうとしていたお気に入りの洋楽バンドの、CDをかけ始めた。そのバンドは、最近売れ始めたアメリカの西海岸のバンドで、優はいち早く、そのサウンドに目をつけたのである。  しかし、いややはり、そのバンドのサウンドも、今の優にとっては、雑音にしか聴こえなかった。 「あんなに好きなバンドなのに、なぜ…。やっぱり、史香がいないとダメってことなのか…。  そうだ、やっぱり俺には史香が必要だ。史香と一緒なら、好きなバンドの音楽も、史香と一緒に2倍楽しめる。それに、ギターだって、史香の上手なピアノと、セッションすることだってできる。それで、史香も大好きな音楽の話をして、史香の楽しそうな顔が見たい。  それだけじゃない。街で聴く音楽、見る景色、俺はそんな日常の全てを、史香と共有したい。史香の喜ぶ顔が見たい。それで、史香が落ち込んでいる時には、史香を支えてあげたい。  とにかく、俺は今でも…、史香のことが好きだ。  今頃史香は、どうしているんだろう?」 優は心の中でそう叫び声をあげ、その日は早く休むことにした。  翌日は、大学は休みであった。そして、特にすることもなく、また、何もする気になれない優は、 「もしかしたら、史香の実家に行けば、史香に会えるかもしれない。」 という、一抹の期待を持って、史香の実家に行くことにした。  大学のすぐ近くにある優の実家とは違い、史香の実家は、隣の県にあり、大学から電車で片道2時間ほどの距離であった。そして優は、その史香の実家に、何度か遊びに行ったことがある。また、大学の講義やサークルがある日は、いつも2時間かけて通学しなければならないため、史香は、前に優に、
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