第1章

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 しかし、奏は小説を書くことを止めてしまったわけではない。社会人になった今でも、奏は小説を書き続け、新人賞に応募し続けている。また、新人賞に落選した小説は、アマチュアの小説家専門の、サイトにアップする、ということを、奏は新たな日課としていた。(ちなみに、賞に落選したものは大丈夫だが、賞に応募中は、サイトへのアップは禁止されている、新人賞がほとんどである。)そして、そのサイトには、1日のアクセス数をカウントする機能がついており、そのカウント数が増えると、奏はパソコンの画面の前で、1人喜ぶ、そんな生活をしていた。  「ここのレストラン、ほんとにおいしいね。奏、連れてきてくれてありがとう。」 「ううん。そう言ってくれて嬉しいよ。」 「でも、好きな人と一緒に食べると、もっとおいしいかも。」 奈美が少し照れながら、そう言った。普段はどちらかというとシャイな方で、こういったことは言わないタイプの奈美であったが、時折見せる大胆な発言、表情は、奏をどきどきさせる。  「僕もそう思うよ。今日は奈美とこの場所に来れて、本当に良かった。」 「ありがとう、奏。」 今度は奈美が、満面の笑みを見せた。いつも思うことだが、奈美は笑顔が素敵で、そのことが奏を余計に夢中にさせる。また、さっきの発言の時の照れた表情と、満面の笑みとのギャップが、奏の心を掴んで離さない。  「そういえば奏、今でも小説、書いてるの?」 「うん、書いてるよ。」 奏と奈美との話題が小説のことになり、奏は少しだけ、ヒートアップし始めた。  「そうだね。ここの所は、仕事から帰るとずっと、執筆してるかな。前までは見てたテレビもほとんど見てないし、ネットもあんまりしてないね。これじゃあまるで、小説のgeek(ギーク)になったみたい。」 「えっ、ギークって何?」 「ごめんごめん、ギークっていうのは、英語でオタクのことだよ。自分ではオタクになってるつもりはないけど、傍から見たら、完全にオタクになってるかな?」 「そんなことないよ、って言った方がいいのかな?でも、そう言ったらオタクの人に失礼になっちゃうね。どっちにしろ、何か夢中になれるものがあるってことは、幸せだし、素敵なことだと思うよ。」  奈美の一言に、奏は改めて、励まされた。奈美と付き合い始めて以来、何度奈美の言葉、そして笑顔に、励まされてきたことだろう。
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