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いかにしてこの状況を逃れられるか―ぼくの頭の中はそのことでいっぱいだった。そうだ、ぼくは気づかなかった―気づかなかったということにして、このまま帰ってしまおう。実際、あんなわずかな傷などなかなか気がつかないだろう。ましてあれほど傷だらけの車に一つや二つ傷が増えたところでわかりはしないし、それを放ったままにしておく持ち主がそんな繊細さを持ち合わせているとも思えない。
意を決したようにぼくは車のエンジンをかけた。ウインカーを出すのも忘れて、一目散にぼくは駐車場を飛び出した。背後に遠ざかっていく銀色の傷痕とともに、ぼくはあのスーパーマーケットになにかを置き去りにしてきたような気がした。
それにしても今日は一体なんてツイていないのだろうか―ハンドルを握るぼくの手にはまだ尖った鉄の感触が残っていた。そのときのぼくは、もうここに来る前に出会った勇気のある少年のことなどすっかり頭に残っていなかった。
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