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カーン。その音を聞いた瞬間、やられたと思うのと同時に両手で素早く顔の前を覆った。けれども、気持ちの良いくらいに鳴り響いた金属バットの音に比べて、情けないくらいにヨレヨレの軟式ボールは、スローモーションの映像のようにゆっくりとぼくの頭の上を越していった。夕暮れの空に舞う白いボールの行く先を目で追っていくと、にやにやと笑みを浮かべてぼくの友達が待ち構えていた。その左手につけられた黒い皮のグローブに吸い込まれるようにボールは収まって、パスンと音がした。
「はい、アウトー」
難なくボールをキャッチした友達は、そう言ってゲラゲラと笑った。バッターをしていたもう一人の友達も「あー、くっそー」と言って悔しがっているように見せていたけど、同じように面白そうに笑っていた。
「はい、じゃあ交代。次、お前な」
そう言って友達が走って来てぼくにバットを渡す。バットを渡した友達はそのまま更に走って野手に回った。代わりに野手をしていた友達が、今度は肩をぐるぐると回し始めていた。
ぼくたち三人はよくこうして野球をして遊んでいた。ただ少しおかしいのは、この場所が住宅街の道のど真ん中ということだ。なにしろぼくたちは野球をするたびに人数をそろえるのは大変だったし、近くの空き地まで自転車で移動するのが面倒くさかった。きっと最初はそんな理由で始めたわけだったけど、いつの間にかこの場所でやるのが三人にとって当たり前になっていた。
三人は皆この近所に住んでいて、この道路は現にピッチャーをしている友達の家に面していた。ぼくたちの親はこの場所で遊ぶことについて、車が飛び出して来たら危ないだとか、よその家に迷惑がかかるとか言って何度も反対していた。確かにその通り、道路の片側には家が立ち並び、反対側もアパートとその住人の駐車場になっていた。もしボールがそっちの方向に飛んでいけば、家の壁にぶつかったり運が悪ければ窓ガラスを割ったりするかもしれない。その危険性についてはぼくたちも理解しているつもりだった。けれども、何度注意されてもぼくたちがそこで野球するのを止めることはなかった。
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