少年

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 そのうち車のようすを見に行った二人が、慌てたようすで会話をしているのがなんとなく耳に入ってきた。 「おい。お前もこっち来いって」  呼ばれるままにぼくは、足の感覚もなくふらふらと車に近づいた。ぐるぐる回り続ける視界の中、ぼくはなんとかして目の前を見ようと瞬きを繰り返した。ようやくはっきりとしてきたその先にあったのは、ボールをそっくりそのまま型に押し付けたかのような銀色の凹みだった。 「どうする?」 「とりあえず、持ち主の人に謝るしかないだろ?」 「でも誰の車かわからないよ?」 「・・・そうだな」  そんな風にぼくが混乱している間にも二人は相談し続けていた。その間、ぼくは口をもごもごして言葉を発することができなかった。 「もうさ・・・逃げちゃおうぜ?」  友達の一人が声を潜めて言った。その不安そうな目を見て、ぼくは思わず下を向いてしまった。友達は返事を待っていた。ぼくともう一人はしばらく黙ったままお互いが口を開くのを待っているようだった。 「きっと誰も見てないって」  友達が少し口調を強くして言う。確かにその通り、日の暮れ始めた住宅街はほとんど人の姿を見かけることはなかった。けれど、それで良いのだろうか。人の物を壊して逃げるなんて、なんだかとても卑怯なことのように思えた。もちろんぼくだって怒られるのが怖くないわけではない。普段から散々注意をされていたのにも関わらず、こんなことを起こしてしまうなんて、きっと親からはすごく怒られるだろう。それにこの車の持ち主の人にも。そう思うとぼくの頭は一気に真っ白になって働かなくなった。この車の持ち主は一体どんな人なんだろう。ぼくの頭の中では雷親父みたいに怖い人が怒鳴り声をあげていた。  友達はぼくたち二人を説得し続けた。その言葉はぼくの弱い心を誘惑して、ぼくの体を何度もこの場から立ち去らせようとした。 「けどさ、おれたちがここで野球してるのなんて、ここの近所の人だったら大体知ってるんじゃないか?もし今バレてなくても後できっと見つかると思う」  友達は自分たちがしたことがバレるかどうかを一所懸命に話し合っていた。けれどぼくはそんなことよりも、どこの誰かもわからないこの車の持ち主が、この傷痕を見つけた時のことを考えていた。
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