青年

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青年

 空腹を感じてふと外を見ると、いつの間にか辺りは暗くなっていた。貴重な休日だったが、うとうとしている間に一日が終わっていた。それすらも外で騒ぐ子供の声がうるさくて、あまり眠れた気がしなかった。  深々と息を吸い込み、重い体を起こしてキッチンに向かう。なにか食べるものはないかと冷蔵庫の扉を開けたが、めぼしいものは見つからなかった。携帯電話を見ると、時刻は午後七時前。今から行けばまだ近くのスーパーマーケットがやっているはずだ。大きなあくびをしてぼくは上着を着た。それから机の上に放り出したままにしてある車のキーを上着のポケットに突っ込んだ。  ひんやりとする夜風が目覚めたばかりの火照った体には心地よかった。相変わらず閑散とした駐車場に、忘れ去られたようにぽつんと置いてあるマイカーの元へと向かった。  東京に出て働き始めて四年、今までの間貯めてきたお金を使って、去年の夏ようやく手にした新車だった。そんなわけで、この一見地味なシルバーのコンパクトカーも、ぼくにとってはある種、努力の証のようなものであって、とても愛着を持っていた。そのため今回の出来事は、器が小さいと思われてしまうかもしれないが、ぼくにとってはショックの大きいものだった。  その男の子はぼくの車の前で膝を抱えて座っていた。こんな時間にもなって一体なにをしているのだろう―ぼくは若干不審に思いながら近づいていった。その子はぼくに気がつくと、青ざめた顔をより一層白くして怯えたような目でこちらを見つめた。そんな風にされると、なんだかこちらが悪いことをしているのではないかと錯覚しそうになる。どうしたら良いのか迷って声をかけようとした手前、その子の方が急に立ち上がって先に口を開いた。 「ごめんなさい」  震える声で男の子はそう言った。突然そう言われて、なにがなんだかわからなかったが、その声の震えが決して寒さのせいなどではないということはわかった。 「えっと、一体どうしたの?」 「あっ。こ、この車、お兄さんの車?」  男の子は緊張したように何度も言葉を詰まらせていた。その質問でぼくはなんとなく状況を察して、少し気分が傾いていくのを感じた。 「そうだけど。それがどうかしたの?」 「あの・・・きょ、今日そこの道で野球していたら、この車にボールをぶつけちゃって、その・・・ごめんなさい」
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