青年

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 男の子は泣きそうになりながらも、なんとかそう言い切った。ぼくのショックは大きかったが、それ以上にいたたまれない程に悲しい顔をしたその子を見ていると、怒る気も起きず、むしろこちらの方が落ち着かなかった。 「どれどれ。どこにぶつけたんだ?」  男の子はいよいよ覚悟を決めたのか、それまでに比べて感情のない声が返ってきた。その子に言われるまま後を付いていき、そこで見たものにぼくは思わず言葉を失った。右側のドアのちょうど真ん中の目立つ位置に野球ボール大の痕がついていた。 「あ、あ」  上手く口が動かなかった。男の子が不安そうに何度かこちらを横目で見ているのがわかった。男の子は小さな声でもう一度謝った。ぼくは「うん」と頷いて再び口ごもった。こういう時なんと言ったら良いかわからなかった。子供相手に修理代を請求するのも大人げないような気がしたし、かといってなにも言わずに許すのも良くない気がした。 「君一人で遊んでいたの?」 「ううん。友達と。三人です」  ここで男の子は弁解するように少しはっきりと発音した。 「その子たちはどうしたの?」 「・・・暗くなったから帰っちゃいました」 「君を置いて?なんで君は帰らなかったの?」  男の子は少し声を詰まらせて、再び話し始めた。 「・・・ぼくが帰ったらいけないと思って。ぼくが打ったボールをぶつけちゃったから、ぼくが謝らないといけないと思って・・・」  男の子は再び泣きそうな声で言った。そのようすから見るに、この子も相当反省しているようではあったし、なにより逃げずに一人残った勇気にぼくは素直に感心していた。 「とにかく、これからこんなところで野球するのはやめておけよ。危ないし、周りの人にも迷惑になるからさ。野球がしたくなったら次からは公園にでも行きな」  男の子は小さく頷いて、まだなにか言われるのを待つようにぼくのことを見上げていた。その後、ぼくが「わかったな?わかったらもう行っていいよ」と言うと、呆気にとられたような表情をしていた。しかし、すぐに大きな声で返事をして、再び頭を下げるとかけ足で去っていった。  その後ろ姿を見ながら、意外な自分の器の大きさに少し満足感を覚えていた。一方でこんなことで大きくなっている自分が少し情けなかった。それにあんな風に言い聞かせるなんて、なんとも大人ぶっているような気がして恥ずかしくなった。
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