青年

3/5
前へ
/12ページ
次へ
 男の子が見えなくなるとぼくはもう一度、今度はしっかりと傷痕を確認した。その銀色の車体に携帯電話の明かりが反射して眩しく光った。くっきりとついた傷痕は指でなぞると、想像していたよりも大きく凹んでいた。こんなに大きい痕は直すことができるだろうか。一体いくらぐらいかかるだろうか。保険でどうにかなるだろうか。  色々な悩みが浮かび上がって、もはや空腹はあまり感じなかったが、気分を変えるつもりでぼくはそのまま車に乗りこんだ。  十分も経たないうちにスーパーマーケットについた。見た目は悪くなってしまっても運転する分にはまったく問題なかった。  あまり大きくないスーパーマーケットということもあって駐車場はひと気がなかったが、車の数は割と多くあった。入り口付近は停められそうになかったので、比較的空いている出口の方へと向かった。店の灯りから離れたそこは、暗がりの中で周りから取り残されているかのようだった。  遠くで輝いている店内の白い光をぼんやりと見ながら、ぼくは上の空で後ろ向きに車を下げていった。いつしかぼくの周りは白い光とピーピーと鳴り響く合図音に包まれていた。ぼくの頭の中は凹んだ銀色の傷痕がぐるぐると巡っていた。  ガリ。唐突に聞こえたその音でぼくの視線は目の前のライトの灯りに引き戻された。今の音は一体なんだろう―そう思って辺りを見渡した。そうして左の方を向いた時、ぼくの体は一気に目覚めて、次の瞬間には全身をサーッと血が駆け巡っていくのを感じた。隣に停めてある車との距離が、普通に駐車するにはおよそあり得ない程に近かったのだ。  慌てたぼくは反射的に車を前進させると、今度はしっかりとその車の横に停めた。エンジンを切ると車内は一気に静かになった。しかし心臓がバクバクと音を鳴らしているせいで僕はそのことに気がつかなかった。  その鼓動が収まらないまま、車の中でじっと息を潜めて辺りを見回した。周りに人の姿はなく、入り口付近の車が一台きらきらと動き始めただけだった。頭の中はすでに真っ白で、落ち着かせようにもなにから始めたら良いのかわからなかった。  きっとこのまま何事もなかったように立ち去ったとしても、誰も見ている人はいないだろう―落ち着きを取り戻し始めたぼくは次の対処を考え始めた。そもそも、本当に車はぶつかったのだろうか―それは無茶とも思える願望のようなものだった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加