青年

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 ぼくはもう一度辺りに誰もいないのを確認すると、恐る恐るドアを開けて外に出た。夜のひんやりとした空気が服の隙間からぼくの背筋を冷やした。周りに誰もいないにもかかわらず、ぼくは何気ないふりをしてぶつかったと思われる相手の車の方へと向かった。  古い街灯に照らされたその車をよく見ると、それはぼくと同じシルバーのコンパクトカーだった。しかしぼくのものと比べれば、かなり年期が入っていそうだった。それだけでなく、至るところに大小さまざまな傷痕がついていた。後部はあちこちぶつけたように凹んでいたし、側面は擦ったような傷がたくさんついていた。ぼくはそうやってさりげなく一周してその車を観察した。  そうしていよいよ問題の右側のドア付近へと回り込んだ。そこにも例外なくいくつか擦った痕が残っていたが、ドアの真ん中あたりのひと際目を引く箇所に野球ボールくらいの大きさの凹みがあった。ぼくは驚いて一瞬自分の車と見間違えたかと疑うほどだった。しかし指で触ってみると、その痕はもう何年も昔からあるようにザラザラとさび付いていた。  その少し上の方に銀色に光る真新しい擦り傷があった。ドキッとして思わず体が後ろに傾いた。尖った部分に触れるとまだギザギザしていて、ぼくは逃げるように手を引っ込めた。  ハッとして周りを確認したが、誰もいないのを確認すると、ぼくは急いで自分の車に戻った。座席に腰を掛けてもぼくの気持ちは一向に落ち着くことはなかった。震える指で車内を照らすオレンジ色のライトを消し、暗がりに身を潜めるように体を縮めた。  あの傷はぼくがつけたものにきっと違いないだろう。もしこのまま帰ったら罪になるのだろうか。それとも持ち主が帰って来るまで待つべきだろうか。素直に謝れば許してもらえるかもしれない。でも、もしそうでなかったら―やはり警察に連絡することになるのだろうか。親や会社にも知らされることになるのだろうか。そんな大事になるのは避けたかった。かといってここで逃げて後々見つかることでもあれば更に罪は重くなるはずだ。この辺りに防犯カメラはあるのだろうか。探しようにも外に出るのはますます危ういような気がした。
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