桜の木の下で

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桜の木の下で

「あたし、絵を描くんだ!画家を目指してるの」 状況を飲み込めずに呆然としているルナに構わずキリと名乗った少女は話し始める。 「あんたは見るからにまじめって感じで優等生っぽいからあたしの絵のテーマにぴったりなの」 目をキラキラと輝かせながらキリはこちらに近づいてくる。 「ま、待って。絵…?」 「そうだよ。あたしと正反対の見た目してるあんた面白いよ。描いてみたいんだ」 腰の長さまで伸ばした赤髪に左耳には無数のピアス。目には金色のカラーコンタクトを装着している。スカート丈も明らかに短い。キリの言う通りルナとはまさに正反対の見た目をしていた。ルナはただただ呆然としている。桜の木の上から降ってきたことも驚きだが、キリの学校の校則全て破っていますと言わんばかりのその姿に衝撃を隠せなかった。 「どうして…」 「んん?」 「どうしてそんな格好をしているの」 「この髪色も目の色も全部あたしが好きだからだよ」 本当は聞かなくても分かっていた。彼女は良くも悪くも自由なんだ。 「質問を変える。どうしてあなたは自由なの」 キリはルナの質問には答えずにスケッチブックを手に取る。 「桜の木の下に座って。今からあんたのことを描くよ」 黄昏が訪れた頃。出来たとキリが嬉しそうに声を上げる。 「描けたよ。桜とあんたの絵。凄くいい雰囲気でしょ」 ルナはキリからスケッチブックを受け取った。 「凄い…!本当に上手!」 「でしょ」 「私ってこんなふうに見えてるんだ」 ルナはじっとキリの描いた絵を見つめる。 「…あんたさ、どうしてあたしが自由なのか聞いたよね」 「うん」 「あたしがさ、自由なんじゃなくてあんたが色んなものに囚われすぎなんじゃない」 「私が?」 「そう。あんたを描いてれば分かるよ。息苦しそうだもん」 「…」 「あたしはさ、たまに授業抜け出してここで絵を描いてる。それが好きなことだから。数学や国語よりも自分の夢に近づくために必要なことだから」 キリは決意めいた口調で言う。しかしすぐに表情を崩し、 「さーて。そろそろ帰ろうかな」 そう言うとルナからスケッチブックを取り上げて画材道具を手早く片付け帰り支度を整えた。 「あんたの名前は?」 「…私は麻倉ルナ」 「じゃあルナ。縁があったらまた会おうね」 人懐っこい笑顔でそう言うとキリは公園を去っていった。
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