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次の打者は固く送りバントを選択する。何とかバントさせないようにバントの届きにくいコースを攻めたが、先ほどのワンバウンドを意識して僅かにコースが甘くなった。手堅くバントで送られ、ワンアウトでランナーが三塁となる。
ここでスクイズをされたら嫌だな、と皆が思った。同じ方法で得点を許すとやり返されたという意識が働く。が、今日の藤田はここでも冴える。初球で遠江姉妹社はスクイズを敢行した。三塁ランナーの動きが目に入った藤田は咄嗟に届かないところへボールを投げた。月掛なら届くかもしれないが、普通の人は届かない。必死でバッターがバットを放り投げるように手を伸ばす。
三塁ランナーは急停止した。……無理だ。踵を返して三塁へ全速で戻り始める。外角のかなり遠くへ放られたボールに、バッターのスクイズは空を切った。藤田はしてやったりの表情を見せ、甲賀ベンチで伊香保が、スタンドからは母親が歓声を上げた。
滝音はすさかず三塁へ投げようと身体をひねる。だが、藤田が咄嗟に大きく外したため、滝音の身体は大きく外角へ流れていた。重心を逆に取られながら何とか送球するものの、三塁へ送るそのボールに力がない。僅かにランナーが三塁ベースへ滑り込む方が早くなった。
セーーフ! セーーーフ!
タッチした蛇沼が悔しそうな顔を浮かべたが、頷きながら藤田へボールを返した。よくぞスクイズを外した、と。
よく守っている。藤田もよく投げている。スコアも1ー0で勝っている。だが、やはり気味が悪い。桐葉は腕を組み、後ろを振り返った。副島が桐葉と目を合わせる。
これで、いいのか? 副島?
……いや、お前の思う通りだ。まずい。
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