12.いざ初戦 甲賀者、参る

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 同点のまま、藤田はスリーアウト目をあっさりと取った。同点に追いつかれたものの、藤田の投球は見事だ。疲れの心配も今日の試合では感じさせない。軽くハイタッチを交わしてベンチに戻る。  三回裏の攻撃に向かう前、副島は厳しい表情でベンチ前にみんなを集めた。 「同点に追いつかれてもうたぞ。こっから気合い入れんと一気に飲まれるぞ」  敵の力量を測れる桐葉と滝音が小さく頷いた。だが、他のナインは唇を尖らせている。 「あのさぁ、藤田くんヒットすら打たれてないし、もちょっとイケイケでいいんじゃない? 副島くんは相手をリスペクトし過ぎな気がする」  桔梗がそう言うと、他の五人が一斉に頷いた。 「そうすよ、せっかく俺と犬走さんで一点取ったのに、わざわざ萎縮し過ぎなんすよ。相手も理弁和歌山ほど強くねえっす」  月掛がけしかける。 「ちゃうぞ。これが怖さや。このノーヒットでも点を取ってくるってのが強豪校の強さなんや。伊香保のデータ頭に入れながらこの回に点取るで!」 「……うん」  蛇沼が仕方なさそうに応えたが、道河原などは警戒し過ぎに見える副島へあからさまに不満な態度を取っていた。  小さな亀裂は時として大きな決壊を生む。  副島、桐葉、滝音の三人は危機感を感じない六人に少しの苛立ちを覚えていた。道河原、蛇沼、犬走、東雲、月掛、それに藤田は、逆に相手をリスペクトして副島がチームの勢いを殺しているとさえ思っていた。甲賀ベンチはどんよりと曇った。いつも明るい甲賀ベンチとは様相が違った。  相手の長所を消す。これも立派なゲームプランである。遠江姉妹社がここまで考えていたかは定かではないが、徐々に甲賀はらしさを失っていった。  三回裏はあっさりと三者凡退となってしまう。
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