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マウンドの藤田はいつも従順な藤田と少し違っていた。滝音からの初球のサインへ首を振る。
『いや、慎重にいくべきだ』
滝音はめげずに厳しいコースのスライダーを再度要求する。
『滝音さん、相手を敬いすぎです。いける間はねじ伏せて流れを呼ばないと』
藤田はまた首を振る。滝音が無念そうにストレートを要求する。結局、そのストレートが弾き返され、藤田はこの試合、初めてのヒットを許した。珍しくマウンド上で藤田が悔しそうにロジンバックを地面に投げた。
「……よし」
遠江姉妹社の監督が小さくそう呟いた。すさかずサインを打者へ送る。打者はこくりと首を縦に振り、打席に入った。
藤田と滝音のバッテリーは同じことを思い、それでいて違う方向へ進もうとしていた。
「ここは100%バントだ。絶対二塁で刺す」
「ここは100%バントだ。焦らず一つアウトを取っていけばいい」
サインがすんなりと決まった。高めのストレートだ。すんなり合意したはずなのに、お互いに思いは違うものだった。藤田は強いバントをさせて二塁で刺したい。滝音は素直にバントさせて次の得点圏打率の低い打者で勝負したい。
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