12.いざ初戦 甲賀者、参る

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「なんすか、ごちゃごちゃやってる時間ねえすよ。とりあえずこれ以上点をやらねえようにしねえと」  月掛も苛立っていた。負ければ終わり。グラウンドに立つ者は、いつの間にかその呪縛に憑りつかれているのだ。 「月掛、野球やって良かったか?」 「は?」 「は? じゃねえよ。俺は野球やって良かった。甲賀者として、これからも野球で学んだものを活かせるだろうし。ただ、それだけじゃねえ。俺は純粋に外の世界が楽しかった」  皆が白烏の話を静かに聞き始めた。 「俺らは忍者でも、戦なんてねえし、これからも陽の目を見ることは無かったはずだ。やから、こうして野球できる喜びに俺は恩返しをしてえ。副島やこの藤田を俺ら甲賀者は助けなきゃなんねえ。甲賀者の誇りを示す時だぜ」  桐葉が小さく頷いた。 「……俺も、異論はない」 「そだろ? 鏡水、蛇沼、刀貴、道河原、月掛。甲賀者が勝ち負けなど気にするな。全力で命の限りと教えられているはずだ。自ずとその先に勝利はついてくる。そのために……」  皆が白烏に目線を向ける。 「そのために?」  滝音が問う。 「そのために、声を出せ。目を見開け。頭で考えるな。甲賀の血は俺らの身体に染み込んでる。身体を解放しようぜ。そして、野球っていうフィールドで甲賀者を楽しもうぜ」  おおっ!!  これ以上ない伝令であった。甲賀者の血が明らかに滾り始めた。 「それと、藤田……」 「はい」 「最高のボールがいってる。母ちゃんの前で完投しちまえよ。必ず俺はお前の後を引き継ぐから。それまで、頼む」 「はいっ」  白烏はベンチへと戻っていった。 「……ノーコン病の治らねえ奴に言われてんのもしゃくやけどな」  道河原が笑って言い、皆がつられて笑った。
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