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副島が桔梗へ声をかける。
「東雲……お前からも……なんだ、その。あの、声をかけてやれ」
その合図を察した桔梗がこくりと頷き、同時に柔らかな香りが甲賀ベンチを包んだ。桔梗がユニフォームの上から二つ目までボタンを外す。桔梗が藤田の隣に座り、そっとその手に触れ、耳元で囁いた。
「あたし……きみと一緒に、もっと長くいたい。もっと……もっと長く」
なんという艶かしさ。とても甲子園を目指す高校野球部のベンチに流れるムードではない。
藤田がふっと目を見開き、隣に寄り添う桔梗を見た。耳元で囁いた唇が薄く濡れている。目線を落とすと、外れたユニフォームのボタンの間から、窮屈に締められた谷間が見えていた。
「やりますっ! 桔梗さん、俺が絶対に抑えますから!」
さっきまでの浮かない表情はどこへやら。藤田はバシバシとグローブを叩いて、勢いよくベンチを飛び出した。
「よしっ、いっちょあがり」
桔梗がボタンをそそくさと留めながら、ライトの守備位置へ向かっていく。
女って怖えな。誰ともなくそう呟き、皆が最終回のグラウンドへと駆けていった。
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