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まだ、転がすことしかできない。
打つことができれば、この超前進守備の包囲網をくぐれるのかもしれない。だが、今はまだ、無理だ。
要はかけっこだ。必ずバットには当てる。当ててからのよーい、どん。今までで一番速く、駆け抜ける。それだけ、念じるように思いながら、犬走は打席に入った。
初球。
犬走が走りながらバットを出すが、わざとボールに当てるのをやめた。
ストライク!
もう3人の野手が目の前にいた。……こんなにも前に来るのか。額に汗が滴る。目の前で捕球されたら、あとはボールとの勝負だ。だが、さすがにボールより速くは走れない。
……どうする?
汗を拭う。ふと、父の言葉が頭に浮かんだ。あの、シン、ヒョウ、セイを30秒引き離した次の日のことだ。あの時はシンたちと引き離されたことで、一切耳に入らなかった。
父は言った。
『和巳……辛いだろうが、これでお前も〈風犬〉を使える筋力がついたということだ』
確かに父はそう言った。……思い出せ。父はあの時、何と語った。
大きく息を吐く。そうだ、確かに父は犬走家の奥義を語った。思い出さなければ。その奥義を使わなければ。
今、その時だ。
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