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───あの日、何も語らず、何も口にしない犬走に、父は構わず語った。
「聞きたくなければ聞かずとも良い。そのままふてくされても良い。耳の片隅で覚えておけ。……和巳、人間の筋肉は弛緩と収縮を繰り返す。ゆっくり弛緩し、ゆっくり収縮する。だが、この弛緩から収縮までの長さを短くすることで、そこに瞬発力という力が加わる。これを繰り返す走法こそ、風犬。筋肉がちぎれる可能性もある。だが、その走りは光の如し。心落ち着けば、またいずれ、聞きに来るがよい」
打席を外して、犬走はその言葉を思い出していた。
弛緩……収縮……短く。どういうことだ。どうすれば良い?
「君、長いよ。打席に入りなさい」
審判が長く間合いを取った犬走を注意する。ヘルメットを一旦脱ぎ、審判と投手に頭を下げ、犬走は再び打席に入った。
「弛緩と収縮を短く……弛緩と収縮を短く……」
打席で、ずっとそう呟いていた。
弛緩と収縮を縮めるとは、脚を曲げて伸ばす動作を早くすることだろうか。いや、それはないのではないか。速く走るということは、すなわち脚を速く回すこと、曲げて伸ばす動作を早くしていることと同じだ。それはシンたちと走る中で充分身につけてきた。そうではない。風犬とは、おそらく根本的に走り方が違うのだ。
ストライクッ!
考えに耽る間にツーストライクを奪われる。審判に怪訝な目を向けられながら、また打席を外してスタンドを見つめた。
スタンドでは、暇を持て余した子供が車の玩具で遊んでいた。その時、天が犬走に味方したか、閑散としたスタンドに子供の声が響き渡った。
「ママー、もっと大きい車が欲しい」
大きい車……。大きなタイヤ……。
半径が大きなタイヤはパワーはあるが、動きは遅い。小さな半径ならば、動きは早い。脚を伸ばさずに、小さな半径のまま脚を回転させ続けたら……どうだ?
「君、いい加減にしなさい。打席に入りなさい」
審判がたまらず一喝した。
「……すみません、もう大丈夫です」
犬走はまたヘルメットを脱ぎ、深く詫びた。風犬……おそらく、理論上間違っていない。
やってみるしか、ない。
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