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こいつ、また何かやろうとしてる。遠江姉妹社のキャッチャーが犬走の変化に気付いた。キャッチャーが内野陣をもう一歩前に寄せる。犬走への牽制だ。
犬走は動じない。
ぶっつけ本番。当てることに集中し、あとは脚を伸ばしきらないうちに次の脚を踏み出す。それを繰り返す。そのことだけに集中していた。だらりとバットを下げて構える。
ピッチャーがサインに大きく頷き、勝負の一球を投じる。バットに当てにくいコース、犬走の身体から逃げていくようなシンカーが決め球だった。
まず、当てる!
低い姿勢で走り始めながら、犬走は必死にバットを伸ばした。目の前には既に超前進守備の包囲網が近づいている。バットの先、辛うじてボールが当たり、犬走の初速に押されたボールが前へと転がる。
『甲賀流犬走派 奥義 風犬』
犬走の脚が鋭く地を打突する。その速さ、この世に例えなし。
ちっ ちっ ぷつっ
異音が、鳴った。
何の音なのか、誰にも分からない。犬走自身にも、脚から鳴るその音が何であるか、分からなかった。
「任せろっ!」
三塁手が転がったボールを拾い、すさかず一塁へ投げる。ひとつの無駄のない、鍛えられた最高の守備であった。
が、一塁へ投げられたボールはまるでスローモーションに見えた。ボールより、一塁へ走る人間の方が速いのだ。
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