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ダメだ、間に合わない。
遠江姉妹社のナインが絶望した。たった一瞬の出来事だったが、明らかに人がボールより速く走っている。もう、犬走は一塁の手前だ。
だが、一塁までもうあと二歩というところで、犬走に異変が起きる。
犬走は足をもつれさせ、倒れたのだ。倒れると同時に一塁手がボールを捕る。微妙なタイミングだった。一瞬の静寂が漂い、審判が手を上げる。
セーーーフ!!
間一髪、犬走がベースへ倒れた方が早かった。
セーフというコールに喜びの声をあげる者は甲賀野球部員には一人もいなかった。たまらず、全員が一塁へ走った。
明らかに異常事態だと、皆が分かったからだ。
「犬走っ!」
副島を先頭に一塁上に倒れる犬走のもとへ駆け寄った。審判がタイムをかけ、プレーが中断する。素早くグラウンドに担架が運びこまれてきた。
「大丈夫か、犬走」
「大丈夫か」
「大丈夫すか?」
副島が医務員とともに犬走の腋を抱え、皆が心配そうに犬走へ声をかける。
「あぁ、ごめん。倒れちまった」
犬走は苦笑いしながら、皆に応えた。道河原が犬走のスパイクを脱がせようとする。
「君、やめておきなさい」
医務員が道河原を制した。道河原はスパイクを引っ張り、大きな違和感を覚えて、手を離していた。スパイクを引っ張ると、犬走の足が力なく伸びたのだ。
「こちらでやるから、やめておきなさい。アキレス腱が両足とも切れている」
医務員がそう小さく呟いた。
「……マジかよ」
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