12.いざ初戦 甲賀者、参る

56/75
前へ
/531ページ
次へ
 月掛は静かに息を吐く。集中しろ。風を、空気を、感じろ。月掛がこうして集中するのは、9回の土壇場だからといった理由ではない。  月掛の打席では犬走がほとんど塁に出ている。どうしてもバッテリーが警戒する犬走が塁上にいることで、月掛は配球がストレート中心になる恩恵を受けていた。この打席ではそれがない。自分自身の力でこじ開けなければならない。故の集中である。  しかし、そこに試合巧者の遠江姉妹社が仕掛ける。 「ピッチャー、交代!」  集中を逸らす。  全く違ったタイプの三人のピッチャーを擁する遠江姉妹社にとっては、立派な戦術である。何も否定はできない。現に甲賀も滝音や蛇沼を起用して目先を変えたのだ。 「ちっ、またかよ」  どうしてもそう呟いてしまうが、すぐに月掛は首を横に振った。ここで、こすいとか思ったら思うつぼやわ。ぶつぶつと自制するように自答した。  相手の投球練習の最中、深呼吸をして、メンタルを整えた。配球のデータも充分頭に入っている。大丈夫だ。必ず、桐葉さんへ繋ぐ。  プレイッ!  月掛の集中力は見事であった。長打はなくとも、ヒットは打てるのではないか。月掛も甲賀ナインも確信めいたものを感じていた。  だが、相手は試合巧者だ。そう易々と打たせない。全くデータの無かった甲賀高校を、遠江姉妹社はこの9イニングで解剖していたのだ。
/531ページ

最初のコメントを投稿しよう!

280人が本棚に入れています
本棚に追加