12.いざ初戦 甲賀者、参る

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 犬走はベッドに固定され、幸い手術はされていなかった。両足ともに切れているため、手術を促されたが、桔梗の言う通りに保存療法を頼んでいた。  犬走の母親は既に到着しており、入ってきた滝音と桔梗の顔を確認して笑みを浮かべた。 「犬走くんのお母さん……ですか? あたし、東雲家のものです」 「和巳がお世話になってます。東雲さんと滝音くんね。和巳から聞いてるわ」  基本的に、甲賀者は違う家同士の交流をしない。甲賀三家と呼ばれる白烏、滝音、桐葉だけが異例だ。よって、こうして他の家同士で白昼から名を呼び合うということは珍しい。犬走の母親は野球が結んだこの縁を微笑ましく思った。 「私から病院の先生には上手に言ってみるから、東雲さんにご無理を言ってしまうけど、よろしくお願いします」  犬走の母親は桔梗に深々と頭を下げ、つられて桔梗も滝音も大きく頭を下げた。  当然ながら、医者からすると手術もせず、このまま帰るなどもっての他だろう。医者との話し合いは長く、滝音と桔梗はベンチでただじっと待っていた。  一時間ほどが経ち、扉が開いた。痛々しい車椅子姿の犬走と母親が出てきて、扉の向こうで医者が両手を広げて呆れていた。話が全く噛み合わなかったのだろうと、大体想像がつく。 「迷惑かけてすまない。勝ってくれて本当に嬉しい」  犬走が滝音と桔梗にそう声をかける。 「何言ってんだ。お前がいなきゃ1回戦負けだった」 「そうだよ。あとは任せて。じゃあ、お母さん。家で預かります」  挨拶もほどほどに桔梗が車椅子を押し、停めていたタクシーに滝音が二人を放り込むように乗せる。 「じゃあ、頼んだぞ、東雲」 「うん、任せといて」
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