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麻酔は使わない。副作用のリスクと筋力の一時低下を防ぐためだ。
当然だが、アキレス腱を断裂して一週間で走れるようになることは、通常の医療ではありえない。だが、安土桃山~江戸初期まで、忍者たちは足を折っても1ヶ月もせぬままに戦場へ赴いていた。それはくノ一たちの医術によるものだ。
犬走は口にタオルを咥え、声にならない声で呻いていた。激痛に顔を歪め、手をバタバタと振り、それを桔梗が押さえる。
「頑張って、犬走くん」
苦しむ犬走を押さえ込むのは桔梗にとっては辛いものだった。
「桔梗、実際の施術を見せられる機会はほとんどないから、見てしっかり覚えなさい」
桔梗の母が血だらけの手で、今まさに腱を接合しようとしていた。桔梗がその指先を凝視する。
『東雲式、縫合』
信じられない早さだった。腱の縫合から切開して皮膚の縫合まで、僅か10分ほど。痛みに悶える犬走を押さえながら、しかと母の施術を見た。現代にこんなにも早く正確な外科医がいるだろうか。
ふぅ。帽子を脱ぎ、桔梗の母は犬走へ声をかけた。
「よく我慢したわね」
「……いや、まだ痛いすね」
目に涙を溜めながら、犬走が応える。
「痛いわよね。でも、一週間で走りたいなら、今すぐ立って?」
「え?」
「今すぐ立ちなさい」
マジかよ……犬走は驚いて桔梗へ顔を向ける。桔梗が犬走の手を握る。
「犬走くんの力が必要だから、頑張ろう」
激痛の足を震えさせながら、ベッドの脇に立とうとするが、力が入らず、とても立てない。桔梗が肩を貸す。
「明日は肩を貸さないよ。今日中に立とう」
「厳しいな。でも、そうだな。俺も試合に出たい。頑張るわ」
うん。
桔梗が頷き、肩を貸す。桔梗の母がそれを見守る。
本来なら絶望的だった犬走のアキレス腱断裂。この東雲式手術によって、犬走がどこで復帰を果たすのか。その時期によって甲賀高校の運命が決まる。
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