14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

16/89
前へ
/531ページ
次へ
 唸る。  その言葉は獣が低く声を出し、威嚇する際などに使われる。  高校野球が行われるグラウンドでは、低い音より高い音が多く鳴る。金属バットがボールをとらえる甲高い音。グローブにボールが収まる時に鳴るパシーンという皮の高い響き。実況で直球が唸りをあげるという表現が使われるが、実際はそんな低く威圧的な音は鳴っていない。  ただ、この日の皇子山球場では、唸りが聞こえていた。白烏の投げるボールが空気をねじ開ける音だ。  白烏の指を離れたボールが、虎が唸るような音を球場に響かせる。鋭いスピンがかかったそのボールは、空気を切り裂くのではなく、空気をねじ開けて進んでいるように見える。もちろん空気など見える訳もない。それでも、この唸りはそんな錯覚を起こさせる。  滝音がミットに収めると、滝音の身体がバックネットの方へ押し込まれる。砲撃音のような音が鳴る。滝音のミットが悲鳴をあげている。  ストオォォライッ!!  主審が高く右手を上げてコールする。ついつい手が高く上がってしまう。ついついストライクのコールに力が入ってしまう。主審はそんな自覚があったが、身体が自然に反応してしまうから、仕方がない。こんなに唸りをあげながら迫ってくるボールを見たことがない。ついついいつもと違うテンションになってしまうのも当然だ。  それほど、すごいボールだ。それほど、圧倒的だ。主審として失格かもしれない。それでも、間近でこのボールを見られたことは誇りと言ってもいい。主審はそんなことまで思っていた。 「……待たせたな、これが白烏家の投てきや」  指をくいくいと2回曲げ、白烏は滝音にボールを要求した。早く、次の球を投げたい。
/531ページ

最初のコメントを投稿しよう!

280人が本棚に入れています
本棚に追加