14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

21/89
前へ
/531ページ
次へ
 脚力を使って、当てたボールを身体ごと押し込む。同時に全速力で駆ける。ボールの行方を追ってる暇はない。鳥が地面すれすれを飛翔するように、極端な前傾姿勢で一塁ベースへ向かう。あとは一塁側へ転がったのを祈るのみだ。  ベースを踏んだか踏まないかで、ボールがグローブに収まる音が響いた。  ……どっちだ。  セーーーフ!!  塁審が大きく両手を広げ、犬走は小さく拳を握り締めた。やはり足は万全とは言えない。それでも、この守備網をかいくぐれたのは大きい。  甲賀ベンチと甲賀高校の生徒が埋めるスタンドが大きく沸いていた。黒い高校のカラーがスタンドでうごめいている。  甲賀の初ヒットは甲賀の韋駄天、犬走から生まれた。  続く月掛、桐葉は犬走を本塁へ返せるか。それとも、奥歯を噛み締めるピッチャー川原、サードの西川、センターから心配そうに見守る川野辺の三本の「川」がここを守りきるか。  中盤4回、皇子山球場は動きの気配を漂わせていた。    滋賀学院のベンチから霧隠才雲が一塁上に立つ犬走を見つめていた。  ……あの足であの速さか……。甲賀の犬走、見事だ。そして、この空気。これは、戦況が動く。  霧隠才雲がすっくと立ち上がった。 「監督……身体ほぐします」  監督が振り返り、ストレッチをしようとする霧隠を制した。 「才雲、まだ焦るな。川原はまだ一点も取られてへんやろ」 「……相手のピッチャーの出来を考えると、一点が決勝点になるかもしれません。準備だけ……念のため」  霧隠はそう言って奥へ、人目を避けるように身体を伸ばし始めた。
/531ページ

最初のコメントを投稿しよう!

280人が本棚に入れています
本棚に追加