14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 川原がサイドスローから、滑らかな流れるフォームでボールを放つ。  桐葉の足元に土煙が立つ。静かに舞い、くるりと身体が捻れていく。こちらも滑らかに美しい。目一杯に長く持ったバットが新体操のリボンのようにひらりと弧を描く。 「水月刀」  ボールのタイミングとバットが回ってくるタイミングはぴたりと合った。  が、回転しながら桐葉は奥歯を噛み締めた。外角へのスライダーと確信していたボールが反対に内角低めへと曲がり、沈んでいる。必死に腕を畳むが、回転しながらのそれは制御できるものではない。  桐葉の水月刀が初めて空を切った。かまいたちのような鋭い空気が周りに飛び散る。  ストライッ! アーゥトォ!  川原とキャッチャーが派手にガッツポーズを見せた。滋賀学院にとって、桐葉を打ち取ることだけが課題だった。そこを乗り越えたことで、あとは何とか白烏から一点もぎ取れば勝てる。そう、勝利への道が見えたからのガッツポーズだった。 「シンカーだ。川原じゃないと投げられない。あんたに勝つにはこれを出し惜しみしてる場合じゃなかったんや」    キャッチャーが月掛と同じように桐葉の背中へそんな言葉を投げた。 「……見事。俺の敗けだ」  二塁上で犬走が、甲賀ベンチの皆が、表に出さないように気をつけながら、それでもありありと落胆の色を見せていた。  桐葉なら打ってくれる。その確信めいたものが崩されたことに多少なりともダメージを感じていた。
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