280人が本棚に入れています
本棚に追加
桐葉がベンチに退き、これで犬走が出塁したもののツーアウト二塁。
自然と川原の口許に笑みが溢れた。
この試合、桐葉に勝負を挑んで打ち取る必要があった。甲賀の白烏のピッチングから点を取るには、流れを呼ばなければいけない。そう思っていたからだ。点さえ取れれば、極論、あとの打席は桐葉を歩かせたっていい。
オーバースローとサイドスローを投げ分けるなど、肩に負担をかける点で普通はあり得ない。川原は将来の野球寿命を縮めたとしても、満足感を抱いていた。
道河原は打席に向かいながら、驚くほど冷静な自分に不思議な感情を抱いた。
目の前で桐葉を打ち取った相手が、ホッとして笑みを浮かべている。四番としてこれほどの屈辱はない。それでも、今は何も思わない。自分はここまで、これほどの低打率なのだ。仕方ない。自分のせいだ。そう思っていた。
ただ、同時に思っていた。
幼い頃から肉体にむち打ち育ってきた。土俵で足腰を磨いてきた。その土台に野球というスポーツが乗っている。昨日も白烏と今朝まで練習した。そろそろ、打てるはずだ、と。
「うっし、いくぜ」
バットを空にかざす。徹夜のまぶたには、まだ太陽が眩しい。
白烏だって信じられないような投球を披露してやがる。これ以上、四番が迷惑かけられっかよ。太陽がぎらりと道河原を照らした。
最初のコメントを投稿しよう!