14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 桐葉がベンチに退き、これで犬走が出塁したもののツーアウト二塁。  自然と川原の口許に笑みが溢れた。  この試合、桐葉に勝負を挑んで打ち取る必要があった。甲賀の白烏のピッチングから点を取るには、流れを呼ばなければいけない。そう思っていたからだ。点さえ取れれば、極論、あとの打席は桐葉を歩かせたっていい。  オーバースローとサイドスローを投げ分けるなど、肩に負担をかける点で普通はあり得ない。川原は将来の野球寿命を縮めたとしても、満足感を抱いていた。  道河原は打席に向かいながら、驚くほど冷静な自分に不思議な感情を抱いた。  目の前で桐葉を打ち取った相手が、ホッとして笑みを浮かべている。四番としてこれほどの屈辱はない。それでも、今は何も思わない。自分はここまで、これほどの低打率なのだ。仕方ない。自分のせいだ。そう思っていた。  ただ、同時に思っていた。  幼い頃から肉体にむち打ち育ってきた。土俵で足腰を磨いてきた。その土台に野球というスポーツが乗っている。昨日も白烏と今朝まで練習した。そろそろ、打てるはずだ、と。 「うっし、いくぜ」  バットを空にかざす。徹夜のまぶたには、まだ太陽が眩しい。  白烏だって信じられないような投球を披露してやがる。これ以上、四番が迷惑かけられっかよ。太陽がぎらりと道河原を照らした。
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