14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

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「川原ぁっ!」  センターから、川野辺の大きな声が飛ぶ。トントンと胸を叩く仕草を川原へ見せる。苦しみに満ちていた川原の顔が少し緩む。大きく両手を広げ、たくさんの息を吸い込んだ。  良いチーム、良いキャプテンだ。副島は思った。このまま打席に入れれば、もしかしたら甘い球が来たかもしれない。だが、今の合図でそれはない。滝音が狙った策にまんまとははまってくれない。よし、長打狙いはやめだ。  但し、滝音の策は川野辺の言葉で無になったわけではない。依然、打ちやすい状況は維持されているのだ。  滝音がより慎重にならざるを得ない状況を作ってくれたことで、滋賀学院は副島の裏をかくリードまでは出来ないはずだ。ということは、王道のリードとなる。この甲賀打線で最もポピュラーな打者は俺だ。一番打ち取れる選択をしてくるはず。  副島は初球に狙いを定めた。  難しいが、この初球をヒットにすれば、蛇沼も打ちやすくなる。俺が打てば、次はもうリードの根幹から迷うからだ。相手が迷いに迷い、裏をかこうとするほど、蛇沼は打ちやすくなる。蛇沼は相手にとって最も読めない打者だ。 「ピンチになると、滋賀学院は最も自信のある王道のリードでくるわ。初球はバッターから見て外角低めに。右打者なら外角低めにストレートかスクリュー、左打者なら外角低めにストレートかスライダーよ」  ゲーム前ミーティングで伊香保が言った分析がそのまま来るはずだ。  コンパクトに、ボールに逆らわず、振る。昨晩、徹夜しただけの道河原が打ったんだ。三年間素振りしてきた俺が打てないわけがねえ。川原とて、同じ人間だ。
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