14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 盛り上がる甲賀ベンチとは対照的に、滋賀学院のベンチでは異変が起きていた。  控えの選手たちに監督までもが大粒の汗をかき出したのだ。滋賀学院のベンチにいる全員が灼熱に覆われた。ベンチの奥から発せられた熱だった。  奥から一人の男がベンチの最前列までゆっくりと歩を進めた。すぐ横を通り過ぎられた者は、火傷するような熱さに、自分の感覚を疑った。いくらなんでも、一人の人間からこんな熱が発せられるわけがない。  現実には信じがたい。それでも、この男は実際に、周りが火傷するほどの熱を身体に帯びていた。 「……監督、出ます」  その男、背番号18。霧隠才雲。 「待て、才雲。川原はまだ1点しか取られてない。お前はまだだ」 「……いえ、お言葉ですが、ここで出なければ全ては水の泡と消えます。相手のピッチャーを考えると、2点を取られれば終わってしまうかもしれません」  すっと透き通った刃物のような目をしている。その目で監督を見ながら、霧隠は諭した。 「分かる。分かるが、才雲。まだ四回だ。まだ、早い」  監督は首を二度、横に振った。それを霧隠は首を振り返して否定した。 「監督、口応えのようで申し訳ありません。ただ、こう言えば分かってもらえませんか? あっちには私と同じ能力の者が数名いる。いや、おそらくほとんどがそうです。ここであっちの火を消さねば、手遅れになる。私はそう思います。私は遠江を倒すために呼ばれた。その前に遠江と戦えなくなってしまいます」  このすらりとした霧隠の全身の姿をまじまじと見ると、監督は困惑する。まだ出したくないのが本音だ。だが、確かに甲賀のピッチャーがあんなに凄いピッチャーだとは想定外だった。2点目は、霧隠の言う通り致命的になりかねない。 「…………分かった。ならば、才雲。ひとつだけ監督命令だ」 「はい、何でしょう?」 「思いきり暴れてこい」  霧隠はにこりと笑い、帽子をとった。 「はいっ」
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