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蛇沼は絶句した。
何かが光ったのではない。霧隠の投じたボールが光ったように見えたのだ。それに気がつき、蛇沼は言葉を失った。光ったとしか、見えなかった。球体の姿をとらえることすらも……叶わなかった。
しん、と皇子山球場が静まりかえっている。皆、何が起きたか理解できないでいたのだ。滋賀学院の応援席でさえも、一旦は音が止んだ。
「今、投げたん?」
「投げとるわ。ストライクってなったやんけ」
「でも、俺、ボール見えへんかった」
「……それは、俺もや」
ひそひそと、所々でそんな声が聞かれた。
蛇沼が頭の整理をする間もなく、既に霧隠はセットポジションに構えていた。
帽子から覗く前髪が霧隠の右目を塞いでいる。背は180cmくらいだろうか。桐葉や白烏と同じくらいだ。それよりも身体の横幅は狭い。ひょろりとしている。そんな表現が合う。こんな人が見えないほどのスピードボールを? にわかに信じがたい。
蛇沼がバットを短く握り締める。
よく、見る。しっかり、見極めるんだ。
霧隠はセットポジションから、ほとんどテークバックをとらない。ここからだ。さっきはここで光った。蛇沼の目は霧隠の右腕をこれ以上ない集中力で捕らえていた。
そのはずだった。
バシイイィィィン!!!
気付くとキャッチャーのミットが鳴っていた。ぽろりと蛇沼の足元にボールが転がっている。キャッチャーが取れずに溢したらしい。
…………ストーライィクッ!
駄目だ。ボールが、見えない。
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