14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

51/89
前へ
/531ページ
次へ
 蛇沼は絶句した。  何かが光ったのではない。霧隠の投じたボールが光ったように見えたのだ。それに気がつき、蛇沼は言葉を失った。光ったとしか、見えなかった。球体の姿をとらえることすらも……叶わなかった。  しん、と皇子山球場が静まりかえっている。皆、何が起きたか理解できないでいたのだ。滋賀学院の応援席でさえも、一旦は音が止んだ。 「今、投げたん?」 「投げとるわ。ストライクってなったやんけ」 「でも、俺、ボール見えへんかった」 「……それは、俺もや」  ひそひそと、所々でそんな声が聞かれた。  蛇沼が頭の整理をする間もなく、既に霧隠はセットポジションに構えていた。  帽子から覗く前髪が霧隠の右目を塞いでいる。背は180cmくらいだろうか。桐葉や白烏と同じくらいだ。それよりも身体の横幅は狭い。ひょろりとしている。そんな表現が合う。こんな人が見えないほどのスピードボールを? にわかに信じがたい。  蛇沼がバットを短く握り締める。  よく、見る。しっかり、見極めるんだ。  霧隠はセットポジションから、ほとんどテークバックをとらない。ここからだ。さっきはここで光った。蛇沼の目は霧隠の右腕をこれ以上ない集中力で捕らえていた。  そのはずだった。  バシイイィィィン!!!  気付くとキャッチャーのミットが鳴っていた。ぽろりと蛇沼の足元にボールが転がっている。キャッチャーが取れずに溢したらしい。  …………ストーライィクッ!  駄目だ。ボールが、見えない。
/531ページ

最初のコメントを投稿しよう!

280人が本棚に入れています
本棚に追加