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塁上にいる道河原、滝音、副島はそれぞれが蛇沼を見つめていた。泳ぐ蛇沼の目がそれぞれと合う。目が合うと、三人ともが口を開けたが、言葉が出ない。何を言葉にして良いのか分からない。
甲賀ベンチも静まり返っている。ただ、次打者の白烏がネクストバッターズサークルへ向かおうとしないので、恐る恐る藤田が促した。
「白烏さん、次ですよ。ネクスト、行かないと」
白烏は後ろを振り向き、鼻で笑った。
「必要ねえ。蛇には悪いが、ありゃ打てねえ。次の回のピッチングに俺は集中する」
白烏と桐葉が並んで座っている。二人の視線の先にマウンドに立つ霧隠が見える。
「どうする? お前がゼロに抑えなければ勝てんぞ」
桐葉が腕を組む白烏へ言った。
「俺より10km以上は速え。ばけもんだ」
白烏は苦々しく、唇の端を上げている。
二人の目も合わせないやり取りを聞いていた藤田は驚きの表情を浮かべていた。
「……あの、白烏さんと桐葉さんは見えてるんですか?」
ベンチの背もたれに片手をかけ、白烏と桐葉が後ろの藤田を振り返る。
「辛うじて見える程度だ」
「……右に同じだ。打席では見えぬかもしれぬ」
藤田が視線をマウンドに移すと、霧隠は三球目を投げ込もうとしていた。白烏は見るまでもないというように、グローブを左手にはめた。
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