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夜は演習だった。
だが、鏡水は何も考えられずにいた。伊香保のことだけを考えていた。
滝音由依……か。よく……似合う。
「好きだからだよ……」鏡水はノートにその言葉を10回ほど書いて、はあと溜め息を漏らした。
演習はボロボロだった。
命の危険性がある、と鏡水の父が鏡水を演習から外させた。強烈な平手打ちを8発ほど食らい、やっと鏡水は目が覚めた。
「お前は今後呼ばん。お前に免許を渡すつもりもない」
鏡水はひどく落ち込み、一人帰り道を歩いた。夜の公園にはベンチやブランコの手摺で寄り添うカップルがいた。
間違いなく自分が悪い。だが、甲賀忍者とは辛いものだ。自然と発するこの恋心にも蓋をせねばならない。伊香保の涙顔を思い浮かべて、とぼとぼと足取りは重くなった。
スマホの端が光っている。結人から連絡が来ていた。
『今日どうした? 鏡水、おかしいぞ』
そこで、完全に目が醒めた。結人や刀貴はそんなこと考えず日々、修練に向かっている。俺は……。
ひとつ、自分の頬に平手を打った。伊香保への恋心は胸にしまった。
だが、油断した、たった一日で鏡水の人生は大きく変わることになる。
翌日、結人からメールが1通送られてきた。
『すまぬ、鏡水。後で話がある』
この油断で人生は変わるが、日本全国を熱狂の渦に巻き込むことになるとは、この日の鏡水にはまだ読めていなかった。
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